日本

出典: Uyopedia

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概要

漢文文化圏で、東方の国(または地域)の別名(雅称)。ニッポンかニホンかという議論は日本(日本国)を参照せよ

具体例

原義(=東方)にかなった用例

  • 1)中国からみて漠然と東のはて。
日下(じつか・にちげ)とも書く。古代中国で東方にあると考えられた観念的な地名であると通常はいわれる。ちなみに西は「流砂」(沙漠の意)、南は「北戸・反戸」(赤道以南の意)、北は「孤竹」(南満州にあった都市国家)という。これらの一部は、現実の地理にも該当する場所が想定されており、必ずしも観念的空想的な地名とばかりも言い切れないが、この場合の日本・日下を具体的に絞り込むのは困難である(日本列島のみならず山東省・朝鮮半島・東シナ海、あるいは沿岸の各省などをも漠然を指しうる)
  • 2)朝鮮半島の南部
中国では、倭国以外にも詩文の中で新羅をさして「日本」と呼んだ例がある。
  • 3)日本海上の鬱陵島
高麗時代の朝鮮半島では、于山国(今の鬱陵島)をさして「日本国」と呼んだ例がある。
  • 4)いわゆる「日本国」。
天武天皇が倭国から日本国に国名表記を改めたと考えられている。詳細は日本(日本国)をみよ
※4’)日本国内の東国を日本とよんだ例
新旧唐書には、倭国と日本が別々に登場するが、これは壬申の乱の際に美濃尾張伊勢といった当時の東国に基盤をもった大海人皇子の東軍を「日本」、大友皇子を首班とする近江朝廷の西軍を「倭国」と呼んで区別したのだとの説がある。(ただし東国の定義も時代により異なるので注意。またリアルタイムで東国軍が日本と称したわけではなく、天武朝に日本に改名してから回顧的・説明的に仮称したものと考えられる)
  • 5)日本国内の東北地方
坂上田村麻呂奥州に攻め入った時(あるいは源義経が奥州逗留期という)、矢尻で「日本中央」と彫り込んだ石碑があったという。偽作説もあるが青森県から出土したものが有名である。(ただし「ひのもともなか(奥州の中心の意)」ではなく「やまともなか(樺太ふくむ日本列島の中心の意)と読む説もある)(参考:つぼのいしぶみ
室町時代には、津軽の武将安藤康季が後花園天皇に「奥州十三湊日之本将軍」と名乗った例がある。
安土桃山時代には豊臣秀吉の手紙の中で、奥州をさして「日本」と呼んでいる。
  • 6)北海道東南部及び千島列島
室町時代には、北海道蝦夷に「渡党」「唐子」「日本(ひのもと)」の三種ありという。この「日本」は江戸時代の「東蝦夷」にあたり、渡島半島を除く北海道の南半分と千島列島をさしているという(千島列島のアイヌ語地名「チュプカ」は日の出の地の意味)

特異な例:草香

日本国内の地名である草香(くさか)を「日下」と書く習慣がある。これは東方云々とは関係がない。この地には敏達天皇の時に日祀部(ひまつりべ)が置かれ、太陽神の信仰と太陽の天体観測の中心地となったことから「日下」と書くことが起こり、日根村という地名も生まれた。これを溯らせて物部氏にこじつける説もあるが感心しない。日置部日奉氏暦制アカルヒメ等も参照。



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