国体

出典: Uyopedia

ウヨペディアにおいては「國體」と「国体」を表記しわける。本項では「国体」という単語について述べる。「くにがら」という意味の詳細については「國體」を参照せよ。

目次

語源・単語の沿革

漢籍の国体

国体という言葉は早く「春秋穀梁伝」に見ゆ。この時は「君の股肱」つまり君主の手足となって働く諸大夫貴族層)を国体とよんだ。すなわち国家を「君主=頭首=国家精神」と「貴族=手足=国家身体」との結合と見立てて、その後者をかく呼べるものなり。
現代日本語の國體とほぼ同様な意味では「漢書」に出てくる。この時の国体は「国の成り立ち」「国の状況」をさした。

大和言葉としての国体

出雲国造神賀詞』に国体という語がみえるがこれは「くにがた」という和語に当て字したもので国土の形勢つまり地形のこと。これは当て字であるからコクタイではありえず、例えば「国形」と当て字してもよかろうものである。

漢意と和音の結合

日本ではあまり国体という言葉は使われず、急に有名になったのは幕末になってから。平田篤胤や、会沢正志斎らの水戸学者が比較的早めに使い、吉田松蔭あたりから乱用。戦時中はコクタイコクタイと念仏のように怒号された(らしいがよくわからない)。
篤胤本人は漢語として使ったようであるが、それに続く国学者らは時として國體に「くにがら」と訓をあてることがあった。

類似語

天皇制

最近はあまりいわれなくなったが戦後ながらく頻用されていた「天皇制」という言葉は、戦前でいう「国体」にあたるとする説がある。詳細は該当項(天皇制)をみよ。

憲法

明治以降、"constitution"の翻訳語として使われたのが「憲法」という漢語であるが、"constitution"がそもそも国の成り立ちを意味する言葉でまさしく國體とも訳し得るのであり、「憲法="constitution"=國體」である、という話を戦後保守論壇で初めていったのも渡部昇一かと思われる(確証はないがたぶん。べつにこのことは渡部の発見でもなんでもないので、似たような議論は明治戦前にも学界の内外問わずまた左右問わずいくらでもあったようだが、渡部昇一はあくまで「戦後の論壇で」初めてということ)。
なお戦後日本には「国体」と「政体」を別とする議論が現れた(詳しくは「国体政体分離論」をみよ)が、ここでいう憲法="constitution"とは「政体」のことである。
憲法」をめぐる諸問題については該当項を見よ。

国民体育大会

国民体育大会の略語としての「国体」という言葉が存在することの作用については「天皇制」を参照。



sl
דומיין בעברית  דומיין  דומין  תוכנה לניהול  קשרי לקוחות  CRM, ניהול קשרי לקוחות  דומין בעברית  פורומים  ספרדית  גיבוי